祖母が亡くなってから、一ヶ月が過ぎた頃。母から、電話がありました。「今度の土曜日、おばあちゃんの三十五日の法要を、うちでささやかに行うから、来られる?」。私は、もちろん、と答えました。祖母の葬儀は、遠方の斎場で、慌ただしく行われ、ゆっくりと悲しむ暇もありませんでした。だから、この三十五日という節目に、改めて、祖母と静かに向き合いたい、と、ずっと思っていたのです。法要当日、私が実家に着くと、リビングには、小さな後飾り祭壇が設えられ、祖母の優しい笑顔の遺影が、私たちを見守っていました。集まったのは、私と両親、そして、近くに住む叔父夫婦だけの、本当にささやかな集まりでした。やがて、菩提寺の住職が到着し、静かな読経が始まりました。私は、目を閉じ、お線香の香りに包まれながら、祖母との思い出を、心の中に、一つ一つ、蘇らせていました。子供の頃、私が熱を出すと、いつも、冷たい手ぬぐいで、私の額を拭ってくれた、その手の感触。私が、初めて書いた小説を、老眼鏡をかけながら、嬉しそうに読んでくれた、その優しい眼差し。読経が終わり、住職の法話が始まりました。「本日、三十五日は、故人様が、閻魔様の前で、生前の嘘について、裁きを受ける日でございます。しかし、皆様が、こうして集い、故人を想い、祈りを捧げる。その、嘘のない、誠の心が、何よりの弁護となり、故人の魂を、お救いするのです」。その言葉を聞いた時、私は、ハッとしました。私は、ただ、自分の悲しみを癒やすために、ここに来たのではない。私は、祖母の魂を、この世から応援するために、ここにいるのだ。そのことに、改めて、気づかされたのです。法要が終わり、皆で、祖母が好きだった、ちらし寿司を囲みました。その食卓は、決して、悲しいだけのものではありませんでした。そこには、祖母が残してくれた、温かい思い出と、家族の絆が、確かに、満ち溢れていました。三十五日という、静かな一日。それは、私にとって、天国の祖母と、そして、今を生きる自分自身と、固い約束を交わした、忘れられない、大切な日となりました。