近年、FacebookやLINEなどのSNSを通じて、友人や知人の逝去、あるいはその家族の訃報を知る機会が急増しています。デジタルカレンダーのように正確に流れてくる情報に対し、私たちはどこまで参列の範囲を広げるべきなのでしょうか。デジタル時代の葬儀参列には、特有の難しさが伴います。まず、SNSでの投稿は不特定多数に向けられたものであり、必ずしも自分個人が招待されているわけではないという点に留意する必要があります。投稿に「葬儀の日時と場所」が明記されていれば、それは参列を拒まないという意思表示であることが多いですが、それでも「SNSだけの友人」が突然式場に現れるのは、遺族にとっては驚きや戸惑いの原因になることもあります。この場合の参列の基準は、やはり「オフラインでの関係性の有無」です。リアルな世界で一度も会ったことがない、あるいは何年も会っていない関係であれば、投稿に「お悔やみ申し上げます」と返信をしたり、個人的にDMを送るに留めるのが適切です。また、クラウドファンディングなどで葬儀費用を募るケースも見受けられますが、その際の支援も1つの参列の形と言えるでしょう。一方で、SNSでの訃報連絡は非常に拡散されやすいため、遺族の意図に反して参列者の範囲が広がりすぎてしまうという問題も発生しています。遺族側としては、参列をどこまで受け入れるかを投稿の文面に明確に記載することが求められます。「葬儀は家族のみで執り行いますので、ご会葬はご遠慮ください」という一文があれば、どんなに親しいデジタル上の友人であっても、式場に行ってはいけません。デジタル技術が進化しても、葬儀の本質は物理的な別れの儀式です。情報のスピード感に流されず、一呼吸置いて相手との本当の距離感を測ることが、トラブルを避けるコツです。また、亡くなった方のタイムラインが「追悼アカウント」に変わることもありますが、そこへの書き込みも、どこまで深い内容にするかは慎重に判断すべきです。参列という行為が「足を運ぶ」ことから「画面越しに念じる」ことへと多様化する中で、私たちは「どこまで」という物理的な距離感だけでなく、言葉の重みという心理的な距離感についても、新しいマナーを構築していく必要があります。
SNSで流れてきた訃報にどう反応すべき?デジタル時代の参列の悩み