葬儀が終わってからの1年間、遺族はカレンダーをめくるたびに故人の不在を確認し、それと同時に故人が生きていた時間との距離を測り続けます。この「悲しみのカレンダー」には、特有のサイクルがあります。最初の1ヶ月は、葬儀の後の慌ただしい手続きや、カレンダーに記された数々の法要に追われ、悲しみに浸る余裕すらありません。しかし、カレンダーが3ヶ月、半年と進むにつれ、周囲の関心は薄れ、遺族は自分自身のカレンダーの中にぽっかりと空いた故人の穴と向き合うことになります。故人の誕生日、結婚記念日、そして週末のルーティン。かつてはカレンダーに彩りを与えていた予定が、今は鋭い棘となって遺族の心を刺します。しかし、このカレンダーの巡りこそが、グリーフケアにおいて不可欠な役割を果たします。カレンダーが四季を一周し、再び故人が亡くなった「命日」の日付が近づいてくる頃、遺族は不思議な感覚に包まれます。去年のカレンダーに「葬儀」と書いたあの日の記憶が、1年という時間のフィルターを通して、少しだけ穏やかな色に変わっていることに気づくのです。一周忌のカレンダーを準備することは、故人がいない世界で1年間を生き抜いた自分自身への「修了式」でもあります。一周忌の法要を終え、カレンダーのページをさらに先へとめくっていく時、遺族は故人を忘れるのではなく、故人の思い出を心の中に正しく配置し直し、自分の人生のカレンダーを再び描き始める力を得ます。カレンダーは、過去の悲しみにとどまるための鎖ではなく、未来へと一歩ずつ進むための階段です。一周忌、三回忌、七回忌と、カレンダーが大きな輪を描いて回るたびに、私たちは死という断絶を、人生という大きなカレンダーの中の1つの句読点として受け入れていくことができます。カレンダーをめくるその手の中に、故人が遺した時間と、あなたがこれから創り出す時間が重なり合っています。葬儀から始まるカレンダーの旅は、決して終わることのない供養の旅であり、同時にあなたが自分自身の生を全うするための旅でもあるのです。1年後のカレンダーには、きっと今のあなたには想像もできないような、静かで温かな予定が書き込まれているはずです。
カレンダーが教える「悲しみのサイクル」と一周忌への歩み